有機栽培の産地を訪ねて 生命の息吹を感じるトマトの故郷、ギルドをたずねて(マイコミジャーナル)


マイコミジャーナル 2010/08/02、2010/08/09 寺田祐子
http://journal.mycom.co.jp/series/tomato/001/index.html
http://journal.mycom.co.jp/series/tomato/002/index.html

琵琶湖に次ぐ日本第2位の湖、霞ヶ浦利根川から北へ二股にわかれた湖の東は「北浦」、西は「霞ヶ浦」と呼ぶ。北浦と霞ヶ浦に挟まれた茨城県行方 (なめがた)市は、温暖な気候に恵まれ、たくさんの農産物が通年をとおして出荷される。「職工組合」の意味を持つ有機農法ギルドは、そんな肥沃な大地に根ざし、有機農作物を一筋に作り続けてきた。


「蝶がハウス内に入っちゃうとね、捕まえて殺さないといけないんだ。そうしないとトマトの実を青虫が食っちゃう」。ギルド内くらぶコア直営農場に勤めて10年経つという村崎敏彦さんはそう言って、細心の注意を払いながらハウス内に入る。入った途端、ジワっと汗が噴き出してくる。トマトの収穫は夏が最盛期だ。例年は6月下旬から収穫に入るが今年は例年より10日ほど早く収穫を開始した。これから8月頭までトマトの収穫作業は続く。



ハウスのありとあらゆる場所に目を配り、"侵入者"を探す。侵入者は何も虫だけではない。ハウス内に生えた雑草も要領よく摘み取らなくてはならない。ブーンと大きな羽音を立てて村崎さんの前を大きなハチが飛んでいった。「こいつは殺しちゃいけない。マルハナバチといってトマトの実がなるのを助けてくれる大切な虫だから」。


有機野菜の栽培にかかる労力は、並大抵のものではない。除草剤も殺虫剤も使えない。それは虫がいれば手で殺さなければならないことを意味する。細かな雑草も1本1本手で抜く。アブラムシはさすがに1匹1匹殺すには人手が足りない。アブラムシが繁殖してしまったらJAS法で認められた薬剤を決められた範囲内で散布するが、その分殺虫力は低いので、"全滅"という訳にはいかない。武器もなく大自然に立ち向かう様は、途方もない大冒険の様相を呈する。


そうやって手塩にかけて育てられたトマトは、1日で約1トンもの出荷量に上る。そのうち出荷できるトマトは3分の1に満たない。農薬をしっかりと散布され、工業製品のような美しさを称える"トマト"と違い、有機農法のトマトは形も色も個性的だ。だからこそ、だろうか。自然の困難に打ち勝ち、見事な実をつけたトマトに敬意を払うように、農場スタッフは一つひとつ丁寧にみがき、箱に詰めていく。「コア・フード」の説明書を同梱し、シールを貼って作業は一通り完了する。あとは、産直宅配の生協「パルシステム」を通じて食卓に届けられる。


コア・フードとは、パルシステムが認定した「トップブランド」の証だ。JAS法に定められた「有機農作物」の生産基準に沿って栽培されている農作物、またはそれに準ずると判断された農作物を「コア・フード」として認定している。


パルシステムでは農業本来のあるべき姿として有機農業を位置づけ、(1)生産現場をふまえ厳しいJAS法の要求事項をクリアしていく、(2)有機農業生産者を地域で孤立化させない仕組みづくり、(3)有機農業や生産者の努力を正当に評価する消費者の組織化―を重点課題に生産者と共に取り組んできた。組合員が有機農業の現場に訪れるツアーなども開催し、ただ食べるだけではなく、有機農作物への理解を深める活動も同時並行で行っている。


ギルド内くらぶコア農場長の五十野和樹氏は「有機農業は消費者の理解がかかせない」と話す。大きさのいびつなトマトを見て、スーパーのトマトより見劣りすると思う消費者がいることも事実だろう。だが、五十野氏は「有機農作物は命そのもの。生きた食べ物を口に入れるということは、命の大切さを知ることだよね」と目を細めた。食育とは、食物を通して命に触れる作業といっても過言ではない。ギルドの仲間によって作られたトマトたちは、人間に命の重みを教えてくれる。


有機JASマークというものをご存知だろうか。日本では有機JASマークがない農産物・農産物加工食品に「有機」「オーガニック」といった名称の表示、もしくはこれと紛らわしい表示をすることは法律で禁止されている。


有機食品のJAS規格に適合した生産が行われていることを登録認定機関が検査し、その結果、認定された事業者のみが有機JASマークを貼ることができる。



有機JASマークを貼ることが許される有機認証農家は2010年3月31日現在、3,815戸(※1)。これは 全国の農家戸数のおよそ0.2%(※2)に満たない。認定されるための要求事項が非常に厳しいだけでなく、消費者理解が進まないところに寄るところが大きい。私が農家取材をしていた時にある農家の女性に言われたのが印象的だった。「まっすぐで太いダイコンと、有機栽培と銘打っていてもひょろひょろと元気がなさそうに見えるダイコン、どっちを買うかは明白でしょう。有機農業に転向したい思いもあるけど、売れない農作物を作るというのは気がひける」。

生協のパルシステムでは、栽培基準というハード面、消費者心理というソフト面の両方から有機認証農家を増やす取り組みを続けている。ハード面では、 JAS法の有機農産物、またはそれと同等の生産基準をクリアした農産物を「コア・フード」とし、その下に「エコ・チャレンジ」というパルシステム独自のブランドを設定。「コア・フード」の基準には満たないものの、ある一定基準に達した農作物を「エコ・チャレンジ」として認定することで、有機認証農家"予備軍"の拡大を目指している。


一方、ソフト面ではパルシステムの組合員向けに、有機農業の現場を視察するツアーなどを行うことで、消費者理解を深める取り組みを行ってきた。こうした取り組みが功を奏し、有機認証農家のうち、パルシステムと契約する農家は2009年3月末現在、579名に上る。



だが、そうした取り組みは地道に一歩一歩進んでいくもの。コア・フードの産地である有機農法ギルドの五十野農場長は「むしろ、有機農業もライフスタイルのひとつとして考えてもらえるようアピールしていかなければならない」と話す。たとえば、ギルドでは、赤い品種のトマト(品種:桃太郎)と同時に、黄色い皮が特徴の「桃太郎ゴールド」も生産している。


まだまだ生産量は少ないが、こうした取り組みが有機農業の将来を変えていくと五十野農場長は確信している。「黄色いトマトは、抗酸化作用に優れたリコピンを赤いトマトより効率よく摂取でき、機能性野菜として注目を浴びている。健康に気をつけている人のライフスタイルにあわせた有機農作物の提供を行っていくことが、有機農業の未来につながるんじゃないか」。


また、地域資源を活用した循環型農業のスタイルもギルドでは率先して取り入れてきた。霞ヶ浦・北浦に生息するヨシや霞ヶ浦の生態系を脅かす外来魚、パルシステムの産直青果や冷蔵品を仕分け・セット出荷するセットセンターから排出された野菜くず、ギルドの直売所などで出る卵の殻や食品副産物といったものを使用し、良質な堆肥を作り出す。その堆肥が有機野菜の栽培に使われていく。地域資源を活用しながら廃棄物削減、霞ヶ浦の生態系保全につながる。

また、五十野農場長は「有機農業への理解を促すには、何より農業が面白いことを伝えなければいけない」という。現在ギルドでは、ほうれん草などの野菜を使ったシフォンケーキを製造。農場近くの直売所で農作物と一緒に販売している。今後はトマトを使ったシフォンケーキも販売する予定だ。もちろん、農作物や商品だけではなく「有機農業を理解してもらえる楽しいイベントを展開することで、農業と観光を組み合わせたアグリツーリズム起爆剤としていきたい」と五十野農場長。より多くの人に農業の魅力や食の大切さを伝える"食と農のテーマパーク"をつくっていくことが今の目標だという。


トマトから見えてきた有機農業の未来。それは、有機農業という厳しい現場をかいくぐってきたトマトと同様、力強く、希望に満ちたものだと期待したい。


※産地では黄色いトマトを作っていますが、パルシステムでは赤のトマトのみのお取扱いとなります。