「偽装農家」の実態を暴き、参加型民主主義で農業を再興せよ (日経ビジネスオンライン)


日経ビジネスオンライン 2009年3月3日
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20090302/187760/
「偽装農家」の実態を暴き、参加型民主主義で農業を再興せよ
壊れていく農村(2)(前回 http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20090223/187014/


Author: 吉田鈴香


吉田 先生は前回、まず生産者や流通の実態を知るべきだとおっしゃいましたが、日本の農業には未来はないのでしょうか。

神門 そんなことはありません。明るい処方箋もあります。農業の本当の可能性に気づき、適切な国土利用をするようになれば、将来の世代にものすごい利益が生まれます。


経済協力開発機構OECD)でトータル・サポート・エスティメイトと言いますが、現時点では間接的な補助も入れて、農業に対する補助額が農業の付加価値額より大きいと言われています。つまり今の日本は、農業がなくなるとGDPが増えるというくらい悲惨な状況なのです。


しかし本来、農業は非常にポテンシャルの高いものだという確信を持っています。日本だって、デンマークのようになれると信じています。農業改革で GDP国内総生産)が飛躍的に増えることも十分にあり得ます。


GDPはこれまでマイナスだったものですから、今、農業就業人口が4%くらいなので、それに見合った付加価値を生めば、GDPが5%ぐらいは増える。さらに国土が適切に利用されるようになれば、経済全体が活性化します。


吉田 農業はダメなのではなく、可能性はあるということですね。


神門 可能性を確信しています。さらに素晴らしいことは、日本農業を良くすることは今後のアジア太平洋地域の発展につながるということです。これだけ交通や情報が発達していますから、アジア太平洋地域で共通経済圏ができるのは必然です。その時、共通農業政策をどう設計するかということで、もめるでしょう。その時こそ日本がリーダーシップを取って、アジア型共通農業政策を提言すべきなんですよ。


金融、労働、教育などは米国や欧州にモデルがある。しかし農業については、他国にモデルがない。それは、自然条件が違うからなのです。また日本の水田はすごい。日本ではパディフィールド(paddyfield)で、コメを1000年作っても連作障害は起きない。これは欧米では、考えられないことなのです。


例えばハンガリーでは逆農業改革のおかげで、ブダペストの人間が土地を持つことになったため、土地をほったらかして耕作放棄している。「大変ですね」と言うと、ハンガリー人はけろっとしていて「これで土地が休むから、土地が肥える」と言うんです。そのうち、デンマークの資本が買いに来るだろうからクローバーか何かをまいておいて、放っておけばいいんだと。


吉田 海外と日本では土地の条件が全然違いますね。


神門 欧米と異なり、日本はじめモンスーン・アジアの多くでは、限られた平地をめぐって都市的利用と農業的利用がまともに競合します。だから、独自のアジア型の共通農業政策をつくらないといけない。このチャレンジは、我々がなすべき平和的貢献なのです。


●市民参加による土地の転用権の入札がポイント


吉田 何か具体策はあるのでしょうか。


神門 僕が提言しているのは、土地利用計画の策定や運用に「参加民主主義」を取り入れること。その糸口として土地の転用権の入札(注1)を考えています。「お任せ民主主義」と揶揄されるくらい、現在の日本社会は行政への甘えが強いです。しかし、そこから脱却する覚悟さえあれば、僕の提言は実現できます。


「参加民主主義」では、市民が行政に関与する責任を負います。しかし現在の日本はその真逆で、どんどん「行政に投げっぱなしモード」になっている。これは深刻な問題です。


(注1)農地の転用権の入札
 1年間に農地を転用できる面積に上限を設定し、その枠を入札によって割り振る制度。入札参加者には事前審査によって倍率を設定し、入札に採択された場合は入札額にその倍率を乗じたものを国庫に納付させる。優良農地の農外転用には高い倍率を課し、農業用の集積ほか地域振興に役立つ優れた計画には低い倍率を課す。上限や倍率の設定基準に市民参加を求める。


吉田 転用権入札構想のポイントは、「住民の合意形成が図れる」「税収が上がる」「適正価格にその土地が落ち着く」といったところでしょうか。


神門 おおむね正しいですが、より長期的には、これによって日本農業が海外に向けてオープンになるという効果が大きいです。これからの日本社会は、好むと好まざるとにかかわらず混住化、多様化していきます。その点で、農村は先を行っています。


マスコミはあまり取り上げませんが、今、農村部でも外国人労働が常態化しています。例えば農家の外国人妻も増え、さらには、離婚問題なども起きている。


離婚問題になると資産分割や相続の問題も出てくるから、そういう意味でも土地問題も重要になる。しかし僕は、農業での外国人受け入れは、十分に考えるべきことだと思います。相互理解にもなりますし、社会全体の活性化も期待できます。


地域の土地利用計画の策定・運用・監視を、市民の責任分担で実行するという先行事例となる市町村が育ち、それを模範として全国に伝播していってほしいです。


吉田 「モデル農村」のようなものでしょうか。


神門 モデル農村と言ってもいいでしょう。モデル的な自治体とも言えます。例えば、箱根の近くの開成町は先進事例になり得ると期待しています。地方分権改革推進委員会のメンバーである、露木順一さんが町長をしています。


もともと開成町は河川敷地帯で、よく川が氾濫したため、江戸時代に堤防を作り、川の流れを変えました。歴史の浅い町ですが、その分、地権者関係が割と簡単なんです。また河川敷地帯ですから、水田の基盤整備も最小限に留めてある。それほど肥沃な農地ではなかったので、周囲に注目され過ぎなかったのがよかったのです。


さらに、土地に不動産開発業者が何軒かバラバラに入り込むと面倒なことになりがちですが、この一帯は、小田急グループが町と協力しながら計画的に不動産開発してきました。


こういった条件の土地に、富士フイルムの研究所や明治ゴム化成日本製紙クレシアなどの企業があり、町の雇用や経済を支えます。町の歴史や環境への意識の強い住民が多く、町長のイニシアティブがある。快適な町づくりの素地があります。


吉田 「山間民主主義」の原型のようなものがあったのですね。このようなモデルケースがもっと出てくると、波及効果が出てくるでしょう。


●まず、農地の利用実態をきちんと把握すべき


吉田 私は以前、記事で、「中山間地域を維持するコストを考えると、農地は皆で管理をして、集団で都市部または平野に移り住み、農地に通うようにしてはどうか」と提案しましたが、これについてはどう思われますか。


神門 提案というより、現状といえますね。既に、少なからぬ都市住民が相続などで中山間地域の農地を所有していますよ。過疎地対策と農業問題は峻別するべきです。提案も大事だけど、まず農地の権利関係や利用実態について基礎的なデータを整備しなければなりません。


例えば不在地主については、一応「農林業センサス」(注2)などのデータはありますが、捕捉率が低いです。不在地主の中にも、本当に通って農業をやっている人と、相続で農地を持っているだけの人もいて、内実がはっきりしません。


(注2)農林業センサス
 日本の農林業、農山村の実態を総合的に把握するため、農林水産省が5年ごとに行う調査。詳細なデータは、こちら http://www.maff.go.jp/j/tokei/census/afc/index.html を参照。


中山間農業地域でも、農地基本台帳と土地の現況が食い違うケースは多々発生しています。農地基本台帳のデタラメさは、都市近郊も中山間農業地域も変わりません。


吉田 農水省がきちんと調査をしていないのでしょうか。


神門 直接的な業務責任者は、農業委員会です。ただ、農地基本台帳が法定化されていませんから、責任の所在が曖昧です。マスコミはすぐに規制緩和地産地消などの提言をしたがりますが、まずはこういう実態把握の必要性を指摘してほしいですね。


農地基本台帳ですら実態と懸け離れているのでは、農業振興を語る以前の状態です。まず、腹を据えて農地基本台帳をきれいにしないといけない。その際、過去の違反転用や相続税逃れをどう処分するか、やっかいな問題も出てきますが、だからといって先延ばししても解決にはなりません。
 

吉田 主導権を握ってそれらを制度化するには、どこが責任を持つべきでしょうか。


神門 直接的には、農水省と農業委員会でしょう。彼らはあれだけ食料自給率とか、多面的機能とか言っているわけだから、それを逆手に取って「その通りです。でもそれをやるには、実態調査が必要ですよね」と言ったら、反論できないでしょう。


ただ、市民も行政任せを脱し、地域の土地利用のルールは自分たちで決めて自分たちで守るという体制を作らなくてはなりません。


消えた年金問題」も国民世論があったからこそ、あそこまで洗い出そうということになった。農地利用規制が有名無実化していることを、もっと世論が問題にしていかないといけない。農地の違法転用、資金のおかしな動き。こうした不正の告発が改革の第一歩になるでしょう。


吉田 不正は、増えているのでしょうか。


神門 開発が進んでいる市町村を回れば、悪い事例は必ず見つかります。例えば昨年、所沢市で農地が無許可で野球場に転用されたケースがありました。


吉田 市の農業委員会が「すぐに畑に戻せるから違反転用ではない」とした例ですね。


神門 あれはひどい例です。農業をやらない人は勘違いするのですが、耕運機を入れても、すぐには農地には戻らないのですよ。

なぜなら、水は入れるよりも抜く方が技術的に難しいんです。長い間農業をやっていない土地は、水を抜く設備が完全にやられてしまっている。雨が降っても水がはけず、どろどろの状態になってしまうんです。


こうしたケースは、探せばいくらでも出てくると思います。農業委員会も、今はまともなところを探す方が難しいくらいです。これらの不正を明らかにしなくてはいけない。


吉田 それを始めるには、内部告発も必要になるかもしれません。インターネットのブログなどでは、「優良農地2ヘクタールの広大な土地に下水処理場を作る計画を、農業委員会にも話さずに計画し今工事にかかっている」といった告発も出ています。


神門 結果的にはそうなるでしょうね。ただ、少し心配なこともあります。こうして「偽装農家」を告発することにより、善良な農家まで「土地転がし狙い」と言われることです。


農業政策提言が最近ブームですが、政策提言をする怖さを知らない人が多いと思います。提言を実行することで死に追いやられる人も出るかもしれない。僕のような一研究者が、何百万戸という農家の利害関係に口出ししていいものかという怖さは、いつも感じています。結果責任を背負い込むという覚悟のうえで発言しなければ、政策提言とはいえません。


減反解除で米価が下がるだろうが、それは大規模農家に限定した所得補償をすればいい」というような教科書的な提言なら、誰でも考えつきます。立派な精神論なら誰でも言えます。


でも政策提言というからには、規模拡大の促進とか担い手育成とか、もっともらしい看板の下で、ちゃっかり「偽装農家」を利してきたという、これまでの農政の実態をきちんと指摘し、そういうカラクリが起こるメカニズムへの具体的な対策もセットにしなくては無責任です。


農商工連携というのも、相当危ない。税金の無駄遣いが増えるだけです。あんなものをもてはやす発想が、おかしいですよ。農商工連携を言うのなら、漁業、看護、金融、医療と連携してもいいはずです。


農商工連携では、地域の商工組合とJAが補助金を取る口実を求めているだけなのです。あれでは、発意がなくなってしまう。「農商工連携で発意を引き出す」と言っていますが、発意を引き出すのではなく、むしろ押しつける発想になっています。


土地やコメ、食肉の問題は、荒療治をしないといけない段階に入っています。食肉の問題も、不正の多い巨大な暗闇です。例えば差額関税問題ですね。


吉田 低価格の豚肉ほど高率の税がかかるため、不正輸入が頻発していますね。食肉卸販売業者が、脱税で逮捕されました。


神門 現場の人間の方が、はるかに物をよく知っている。いかに現場の人間が発意を発揮できる状態に持っていくかです。現時点の問題は、農地でもコメでも食肉でも、規則があまりにも複雑で不透明なことです。何をすれば違法になり、何をすれば摘発されるのかさえ曖昧で、これでは正直者が報われません。この状況だったら何をやっても効果はありません。


大事なのは、ルール作りと監視を公明正大にすることです。ルールさえ透明であれば、現場の人たちの発意から、自然と農業の担い手が生まれてきます。


吉田 農家全般は非常に補助金が多い分野ですけど、補助金というのはあまりなくてもいいのでしょうか。


●農民ではなく、農地に補助金


神門 最終的には少なく、とは思っています。ただ、今の補助金というのは農家に出しているんです。農地に出しているわけじゃない。そこを変えないといけないのです。


何年もかけて設計したコメ政策が、参議院選挙で自民党が負けた途端に、一部の政治家と官僚が内輪で相談して、瞬時にしてまったく別のシロモノに変えてしまった。こんな「前言撤回」がまかり通るようでは、どんなに素晴らしい政策を設計したとしても無意味です。どんな補助金であろうと、政局次第で簡単に全部変わるのでは話になりません。


補助金を人に払っている限りは、「票を買う」ことにつながりかねない。他方、土地利用に対して補助金を出すことにすれば、例えば外国人がやってもいいことになる。政治的な動きから、切り離されることになります。


2007年に導入された新しい補助金制度は、従来のバラマキ型から戦略的支給へという大転換であると農水省はさんざん吹聴しました。でも実態は、実質的に偽装農家を利しています。


政策提言をする時、「基本方針のアイデアを出すから後は行政が良きにはからえ」では無責任です。立派な表題のもとで巧妙に内実ではいかがわしい癒着を続けるというのがこれまでの農政です。


日本社会の「お任せ民主主義」を参加民主主義へと移行させ、政策の設計・運用・監視のシステムを変えない限り、農政の欺瞞は増長し続けます。転用権入札構想など、僕がこれまで発してきた提言では、参加民主主義への誘導を意図した“仕掛け”が組み込んであります。


吉田 農地への補助金について、詳しく教えてください。


神門 移行期の問題は置いておくとして、理想像から話しましょう。まず、地域ごとに農地利用計画を作ります。「例えばこの田んぼの一画は、蛍がいるから農薬をまいてはいけない」というふうにする。「その代わり、ここで水田をする人に対しては面積当たりいくらの補助金を出します」と。このような利用計画とセットにしていくわけです。


移行期にはいろいろと問題も出てくると思いますが、先ほどの開成町のような場所なら、かなりやりやすいだろうと思います。


吉田 土地の特徴を考えて、付加価値が生まれやすい土地の利用方法、利用計画を立て、それに沿った補助金を出すということですね。


神門 そうですね。そして私的価値と公的価値の部分の差を補填することです。それはお金でやってもいいし、そのほかのことでやってもいい。例えば、労務でもいいでしょう。今、学校などでもいろいろなボランティア活動をしていますから、「この部分は小学校のボランティア実習に割り当てましょう」とか、そういうことをやってもいい。


僕が主張する参加民主主義のいいところは、そういうアイデアが広がるというところです。そこを僕は信じているからこそ、研究者やマスコミが、あるべき農業像をあんまり言わない方がいいと思うのです。


●政策提言の前に行政監視を


神門 ここのところ農水省は、「前言撤回」を繰り返しています。むちゃくちゃですよ。しかもいろいろなところが不透明で、例えば補助金の算出根拠となるコメの価格が歪んでいる可能性がある。まず市民参加で行政を監視する仕組みを作らないと、個々の法律をいじっても無意味です。


今、不用意に規制緩和だとか企業参入だとか言ったら、“思うつぼ”です。スローガンだけ拝借して、ちゃっかりと内実では偽装農家や産廃業者の都合のよいように捻じ曲げられかねません。


具体的な問題は、農地、ミニマムアクセス米、そして食肉の差額関税。この3つは巨大な暗闇です。農水省をはじめ、関係者は実態をうやむやにしようとしています。


でも悲観することはない。農業はものすごく大きいポテンシャルがあるし、土地利用をよくすれば、我々みんな幸せになれる。そういう国民的なうねりになってほしいです。


とにかく、日本の農業がよくなってほしいというのが、僕の最大の望みなのです。そのためには、真実を把握しなければいけない。僕も含め人間は弱いから、ついつい現実を直視する勇気と努力を怠りがちです。でも一番重要なことは、真実に対する畏怖の念を持つことだと思います。

吉田 「偽装農家」という言葉の生みの親である神門先生は、農業を本当に愛しておられますね。誰かを悪者にする批判ではなく、現場の農民自身にすでに農業再興のためのアイデアがある、それを発露させ、そのための制度を作りたいとの熱意が伝わってきました。


また、参加民主主義の概念に基づき「農業をどうするか、自分のこととして考えよ」と私たち国民に倫理観を問うておられ、背筋が伸びる思いがしました。アジアの範となる農業をめざして、「世界の中のニッポン」も頑張りたいと思います。今日はどうもありがとうございました。

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