全国各地に広がる緑提灯 草の根活動で食料自給率向上へ (日本ビジネスプレス)


JBpress(日本ビジネスプレス) 2009.02.24
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/618
酒臭いオヤジたちが集う居酒屋の代名詞となって久しい「赤提灯」。最近、同じような居酒屋なのに、緑色の緑提灯を掲げる店が増えているのをご存知だろうか。

なぜ緑なのかは後述するとして、この提灯を掲げるにはある意図が隠されている。「国産食材を50%以上使用している店」という主張なのだ。最近は居酒屋だけでなく様々なレストラン、保育園などにも波及し始めている。

この運動が始まったのは北海道。当時北海道に赴任していた提唱者の丸山清明さんが、地元の飲食店で出される食材の多くが北海道産ではないことに驚かされ、なるべく地元の食材を使ってほしいと考え出したものだ。その運動が、今では全国各地に拡大している。


丸山さんは、その運動を評価されて今年2月、「2008年外食アワード」の特別賞に選ばれた。飲食店に新たな付加価値をつけた功績は大きい。


また、食べて、飲んで、食料自給率アップという軽快なスローガンが示すように、遊び心が一杯なのも運動の広がりに一役買っている。


提唱者の丸山さんは、農林水産省の元研究総務官。お役人として官の限界も知り抜いた人が、官に頼らず草の根活動で食料自給率を向上させようという点も面白い。


実際に、この草の根運動は多数の応援団を誕生させ、活動は自由闊達に発展していく気配。新たなマーケティング法との見方もできる緑提灯運動を提唱者の丸山さんに聞いた。
中国の餃子事件で普及が一気に進む


問 緑提灯を掲げたお店は、今何軒ですか。


丸山 1769軒です。1日に2〜3軒の感じで増えていますね。スタートしたのは2005年ですが、昨年1月の中国餃子事件の後、急速に伸びまして、この年の1月に80軒ほどだったのが、5月には約1000軒を突破してしまいました。


8月には約1300軒、10月は約1500軒を超え、昨年暮には1630軒にまで増えました。全都道府県に広がっており、一番多いところはやはり東京で247軒です。


でも、人口1人当たりにすると最も多いのは福井県なんですよ。福井県は人口63万人ですが、ここには緑提灯の店が32軒あります。発祥の地、北海道も多くて127軒あります。


問 緑提灯の運動は社会現象になった感を受けます。2008年の「外食アワード特別賞」も受賞されましたね。この活動の仕組みはどんなものですか。


丸山 緑提灯は日本の食料自給率を上げていくのが目的の運動でありますが、心根は遊びなんですね。飲んで、食べているうちに自給率がアップするというのがミソなんですよ。


今の日本の食料自給率はカロリーベースで約40%です。これを少しずつアップさせたい。そこで国産の食材を 50%以上使っていたら、それだけで自給率向上に貢献しているのだから、「緑提灯 地場産品応援の店」と書いた緑の提灯に星を1つ打ってアピール。

国産食材使用率60%なら星2つ、70%は星3つ、80%は星4つ、90%を超えたら最高の5つ星です。こしょうなど熱帯産の香辛料があるから 100%は無理だろうと判断し、90%でパーフェクトにしました。


緑提灯は自己申告の運動です。星の数もどこかが認定するのではなく、あくまで自分で判断する。ただしカロリー計算の仕方などは、私は職業柄詳しいので相談に乗っています。メニューを見せてもらえば大体分かりますからね。


問 自己判断でいいのですか? でも不正するお店が出てくるのではありませんか?


丸山 そこが大切なポイントです。ウソをつかれたら仕方ないでしょう。官などが管理して、性悪説に立って仕組みを管理したら、このような活動が広がるとは思いませんね。そもそも食材には旬があって、いつも50%を超えていなければならないとなったら大変です。


●違反者は坊主になるか反省の鉢巻をする
性善説に立って、自己判断で進めてもらうから広がるのです。もっとも、もし著しい違反が分かったら、店主は「坊主になる」というのをルールにしています。ただ、これは後で反省しまして、居酒屋さんの店主には女性もいるので、その場合「反省と書いた鉢巻を巻く」ことにしました。


でも、まだ該当者は出ていません。周囲のお店なりお客さんからウソを見抜かれたら逆に商売に悪影響が出るのではないでしょうかね。


それに、そもそも権威で星をつけるミシュランのパロディーとして始めた活動です。居酒屋をこよなく愛する庶民派呑ん兵衛たちの遊び心が出発点なので、あくまで自己申告でいいと思っています。


問 そもそも丸山さんがこの運動を始めたのは、どういうきっかけなのでしょうか?


丸山 このアイデアがひらめいたのは2003年の春のこと、つくばの職場で夜10時頃、今は緑提灯の事務局をやっている同僚の水島明さんらと飲みながら、食料自給率の向上を図るにはどうしたらいいかと議論している時でした。


緑の提灯のイメージがなぜか浮かんできたのです。酔って寝た日はその夜に議論していたことをほとんど忘れてしまうのですが、なぜか、この食料自給率向上に緑提灯を使おうというアイデアは、翌日、酔いが覚めても消えずに残っていたのです。


その年の10月に札幌の北海道農業研究センターに赴任しました。早速、すすきのの居酒屋に繰り出し「地元北海道のお酒が飲みたい」と注文したら、「ありません」と言うではありませんか。


メニューを見たら秋田や新潟の酒ばかりなんですね。つまみのメニューも、例えばジンギスカンなどは外国産の羊だし、北海道以外の食材が多い。


●北海道なのに北海道産の鮭がない


私は自分自身で運転してよくスーパーに買い物に行くんです。で、わが愛車を「スーパーカー」と呼んでいるのですが、ある日、女房とそのスーパーカーに乗って札幌のスーパーに買い物に出かけました。


石狩鍋を作ろうと思って北海道産の鮭を探したのですが、その日はチリ産のものしかなかった。米の半分はコシヒカリあきたこまち。道産品は全体の半分という印象でした。その当時で、北海道の食料自給率は186%あるはずなのですが、道外や海外からの農産物が随分と多い。これはおかしいぞと思いましたね。


問 北海道の観光名物も外国産だったりするのですか?


丸山 北海道に来たら誰もが一度は食べるジンギスカン鍋ですが、それに消費される羊の肉は1万100トン、しかし道産は105トンしかない。1万トンが外国産です。


一方、牧草地は余っているのだから、もっと北海道で育てた羊を食べてもらえば観光客の満足度も深まるはずです。札幌ラーメンの麺も外国産の小麦を使ったものがほとんどです。しかし北海道は小麦の大生産地なのです。その北海道でこれですから、日本の食料自給率は下がるはずです。


問 そこで、緑提灯の出番ですね。 


丸山 よし、まずは北海道で緑提灯運動を始めようと思いました。地元や国産の食材を半分以上使っている店に緑の提灯を飾って、これをアピールする。晴れの1号店となったのが、小樽のかき料理専門店の「おーいす開」です。


このお店は札幌の大通り公園南の「開」(ひらく)という地場食材を使った “かきと旬菜” 料理で人気のお店の支店だったのですが、同じ職場で飲み仲間の横山和成さんという人が店主を口説いてくれたのです。


横山さんは、札幌と十勝にも緑提灯の輪を広げてくれました。また飲み仲間や関係者が道外に転勤すると、その先、例えば関東などに徐々に緑提灯を掲げた店が増えていったのです。


問 ところで、この緑の提灯は特製なのですか?


丸山 最初、横山さんが東京の合羽橋に見に行ったら、赤い提灯はあっても緑色の提灯はない。特注すると5万円すると言われたんです。困ったのですが、和歌山の中学の同級生に提灯屋さんがいるのを思い出し、そこの親父さんに頼んで作ってもらうことになりました。


格安ですが、本来の仕事の傍らでやってもらうので忙しいお盆の時などはなかなか渡せない。その間は待ってもらうしかない。


問 ホームページが充実していますね。デザインがいいし、地図やメニュー、実際に行ったお客の声などが検索できて至れりつくせりです。


丸山 このホームページは緑提灯応援隊員であるインジェンスという会社の宮木清貴社長たちが作ってくれたものです。ちなみに宮木さんとは飲み友達です。インジェンスはシステム会社なのでホームページづくりはプロなのです。


そのうえ、ウェブに強い応援隊員が何人もいるので、日々、改良、更新されています。携帯からも店の場所が検索できるようになったので、出張に行った時などとても便利です。


緑提灯を始めたきっかけの1つが、出張で地方に行った時に地元の肴と酒で一杯やりたいというのがあったのでこれは嬉しい。緑提灯を掲げたいという申請のうち7割ほどがホームページ経由ですが、残りの3割はファクスを使ってきます。
赤提灯と緑提灯が並んでいたらためらわず緑提灯の店に入る


問 緑提灯はどういう組織体系なのですか?


丸山 会長みたいなのはいません。私は提唱者ですが、長ではない。連絡窓口として事務局があり、農研機構を退職した水島さんが参加を申し込んでくる店主やメディアに対応しています。また最近は店の数が増えたので一部の作業をNPO法人にやってもらっています。


このほかに緑提灯応援隊というのがいます。応援隊員の義務は「もしも赤提灯と緑提灯が並んでいたら、ためらわず緑提灯の店に入る」というもの。これだけです。応援隊員は全国で8000人ほどが登録されていて、運動を支えています。


ほかに登録されていない勝手応援隊員や自称応援隊員が多数いるようです。こういう人たちが自由に活動してお店を増やしています。緑提灯のお店で飲みながら、「自給率を上げるにはどうしたらいいか」などと議論しているそうです。


問 お店にはやっぱり居酒屋が多いのでしょうね。


丸山 確かに居酒屋や小料理屋が多いのですが、地の魚に力を入れた寿司屋もあるし、国産の小麦粉を多く使うラーメン店、地場の食材を使ったフランス料理、イタリア料理、自然食レストラン、中華料理といった店も増えています。

お箸屋さんや畳屋さんにも広がっているという


精進料理を出すお寺にも緑提灯がかかっていますし、接骨院だけど緑提灯を飾りたいという申し出もありました。骨を強くするために、地場産の豆腐や納豆を売っているのでいいのではないかと。


最近は食以外のところが申請してくるようになりました。例えば、割りばしを間伐材で作っている箸屋さんとか、国産の井草を使っている畳屋さん、安全安心の国産畳というわけです。花屋さんも2軒ほど。


食料自給率向上とはいかないが、「地産地消」精神の延長線上にあると解釈して緑提灯を進呈しました。お茶屋さんからも申請がありました。こちらは食がらみですが、カロリー自給率が計算できない。何せお茶はゼロカロリーですから。それで重量ベースで決めることにしました。この辺は自由闊達にやっています。


問 ここのところ急速に伸びている理由はどこにあるのでしょうか?


丸山 昨年の中国餃子事件をきっかけに、食に「安心、安全」を求める消費者が増えたこと、食料自給率が低いことも改めて問題視されるようになった。そこで緑提灯運動が注目され、メディアにも載るようになって賛同者が増えたということではないでしょうか。


この間は韓国のKBCテレビの取材を受けました。韓国の食料自給率も低いですから、関心があるようです。


問 これだけお店の数や応援隊員も増えてくると企業からのアプローチも多いのでは?


丸山 昨年あたりから企業が盛んに声をかけてきます。商社から一緒にやれないかという話が複数あったし、わが社で運営させてくれないかといった申し出もあります。しかし、すべてお断りしています。

ビジネスにはしたくない。呑ん兵衛の遊びだからいいのです。個人個人が自発的に知恵を絞り、面白くできるのです。緑提灯NPO法人で商標登録してあるので、幸いその権利が守られています。


問 緑提灯を送られた店主の反応はどんなものなんでしょう。


丸山 多いのは「気が引き締まります」とか「星の数に恥じないように頑張ります」。店主がお客と「緑提灯塗り初め式」をしたなんて話も聞きます。意気に感じてくれているようで、こちらも嬉しい。


問 ところで、丸山さんの本業は何ですか?


丸山 茨城県つくば市にある中央農業総合研究センターの所長をやっていますが、ずっと米の研究者でした。44歳で管理職となりましたが、それまではずっと稲の品種改良などを研究していました。
今こそ水田で米を作ってきた経験を生かす時


問 丸山さんはずっと農業の現場を見ていらっしゃったわけですが、日本の農業の問題点はどこだと思いますか。


丸山 工業と農業のバランスが取れていないことではないでしょうか。都市と農村の人口差にもそれは表れていて、 60年前は人口の8割が農村、都市が2割だったのが、今は都市が8割になり、農村には2割しかいない。


耕作しなくなった農地も多く、それらをまとめて規模を大きくして農業株式会社のようにするか、集落全体で人口不足をカバーする集落営農のような形にするか、2つのやり方が考えられます。米国の1人当たり農地面積は200ヘクタールですが、日本は1人当たり1.76ヘクタールしかありません。


問 そんなに違うんですか。では、日本の農業の強みはどこにあるのでしょう。


丸山 それは水田で米を作っていることです。1人150キログラムの玄米と塩と味噌があれば1年間、食べつなげますが、小麦150キロでは駄目。お米の栄養バランスは大変よくて、多くの人口を養える。このお米を作れるのが日本の農業の強みです。


問 緑提灯運動の今後はどう見ていますか?


丸山 波照間島には緑提灯の店があるんですが、小笠原にはまだないので、あそこにできるといいなあ。ゆっくりと広がっていけばいいんです。応援隊員の名言に「緑提灯は農家への愛の証しです」というのがあるのですが、こういう感じで農家を元気づけられればいいなと思っています。