ゲームのように農業を楽しめる日は来るか? (記者の眼:ITpro)


ITpro 記者の眼 2010/04/14
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20100412/346966/
ゲームのように農業を楽しめる日は来るか?


クラウドで作業のムダ取り目指すフクハラファーム
巷では、携帯電話やパソコンで農作物を育てる「農園系ゲーム」がはやっている(関連記事)。クリック操作で農地に種をまいてから、数時間〜数十時間待てば収穫期になり、これを売却すればお金を稼げる。途中で水不足になったり、虫が付いたり、友人に収穫物を持っていかれたりすることもあるが、多少収穫量が減るぐらいで済む。


しかし現実の農業はそう簡単ではないようだ。筆者が2010年3月下旬に琵琶湖の湖畔にある滋賀県彦根市の大規模農家「フクハラファーム」を取材した時に、その現実を思い知らされた。


福原昭一代表は「稲作一つを取っても、土作りから、種まき、苗作り、地ならし、水質管理など、90種類ほどの細かな作業がある。しかも、すべての作業に適切なタイミングがある」。雨が降ったり晴れたりといった天候によっても作業内容は変わり、判断を間違えれば収穫量に影響する。今年は3月下旬になってもなかなか気温が上がらず、田植えの時期が遅れそうだという。ゲームのように簡単ではない。


●150ヘクタールの大農家を悩ます人材不足
「日本では小規模農家が多い」と学校で習った覚えがあるが、フクハラファームは約150ヘクタール、東京ドーム30個分以上に相当する広大な農地で営農している。自前の所有地はわずか約3ヘクタールで、残りは他の農家からの借地だ。後継者不足に悩む周辺農家から土地を引き受けるうちに規模が大きくなった。深刻な後継者不足に悩む日本の農業では、このような「土地利用型経営体」が増えているのだという。


そのフクハラファームも、人手不足に悩んでいる。若年層を積極的に雇用し、約20人の従業員が働くが、定着率は低く、4年以上勤務している人は5人しかいない。


農地は広大だが、小さな借地の集まりであるため、数十カ所に分散している。自社農地の間に道路や他社の農地、住宅などがあり、個々の土地も入り組んでいる。その分、農作業は煩雑になる。種まきや田植えなどの主な作業は農機を使って機械化されているものの、田んぼによって微妙に地形や水はけなどが違う。同じ作業を10分で終えられる人もいれば、20〜30分かかる人もいる。


「農業を習得するのが大変なのは事実だが、職人肌や勘で教える先輩が多く、それも新人が長続きしない理由だった」(福原代表)。



フクハラファームは、こうした問題をITの活用で解決しようとしている。約20人の従業員がGPS全地球測位システム)機能付き携帯電話を常時持ち歩き(写真1)、農場の側にも温度・湿度を測るセンサーや、生育状況などを観察するカメラを設置している(写真2)。


●農作業のムダを携帯電話GPSで「見える化
GPS機能付き携帯電話は、作業担当者の動きを追跡することができる。特定の作業にどの程度時間がかかっているか、必要な時に必要な農場に向かっているかなどが分かる。10分でできる作業で20分かかる人がいれば、データに基づいてムダな動作をしていないかを指導する。福原代表によると「田植え作業や刈り取り作業はあまり作業者による差が出ないが、地ならし(しろかき)作業は作業者によって差が出る」という。


筆者は月刊ビジネス誌日経情報ストラテジー』の記者として、企業の業務革新を数多く取材してきた。「作業の見える化」「ムダ取り」などは、製造業や流通・サービス業では基本中の基本だ。ただし、農業ではこれが難しいという。「工業的な経営・管理手法を農業に取り入れる取り組みはいくつかあるが、なかなか定着しない」と福原代表は言う。

写真3●「農作業管理システム」の画面。作業効率や進ちょく率などを一覧できる


作業環境が一定に保たれている工場などとは異なり、農場では天候によって作業条件が一変してしまう。作業の進ちょくが遅れた原因が、作業者の能力によるものか、それとも天候によるものなのかが分かりにくい。そこで、フクハラファームは作業者の携帯電話から得た情報と、農場のセンサーから得た情報を組み合わせて管理し、原因を調査しやすくしている(写真3)。作業者から見れば監視強化にも思えるが、「担当者別の単位面積当たりのコストなどが数値で見えるようになるので、経営者感覚で主体的に動ける効果のほうが大きい」(福原代表)という。


●市販携帯電話と汎用センサーを活用
この「農作業管理システム」の研究・開発に携わる富士通クラウドサービスインフラ開発室センシングプラットフォーム企画部の渡辺浩司氏は「このようなシステムは、携帯電話やネットワークの価格が安くならなければ実現不能だった」と話す。


入力デバイスが安価になったために作業情報の収集が容易になったことがポイントだろう。広い場所に散らばった人の手に頼る農業でも、ITによる効率化を進めやすくなった。フクハラファームの従業員が持つ携帯電話は、市販の防水携帯電話。農場に設置してある温度・湿度センサーやカメラも、秋葉原などの電気街で買える汎用部品を組み立てたものである。


農林水産省の統計によると、大凶作で「平成の米騒動」と言われた1993年より後、2009年までに目立った不作の年はない。ただ、1990年代後半に 1000万トンを超えていた収穫量は、年々減っている。2009年の収穫量は846万6000トンで、大凶作だった1993年の収穫量781万1000トンに近づいている。収穫量の低迷には様々な構造要因がありそうだが、将来的な食糧不足・穀物不足のリスクが叫ばれる中、作業のムダを無くすことで面積当たり・作業者当たりの収穫量を高める取り組みは重要さを増すはずだ。


ところで、ここまで書いてきて、携帯電話やパソコンで遊べる農園系ゲームでは、現実の農業よりかなり簡略化されているという、ごく当たり前の事実に気づいた。作業ミスで作物が害虫にやられることもなければ、冷夏や台風で数カ月かけて育った作物が売り物にならないようなこともない。もし現実の農業並みにシビアな出来事が起きるゲームがあったとしたら、誰も遊ぼうとしないのかもしれない。


■修正履歴
最後から2段落目の最初の文で大凶作の年を1994年としていましたが、正しくは「1993年」です。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。[2010/04/15 19:25]